それでは、ルカによる福音書20章20-26節のテキストを編集史(Redaction Criticism)の視点から解釈し、このテキストが後の初期キリスト教共同体にどのように受け止められたかを論じます。
1. 編集史的解釈(ルカの視点から)
編集史は、福音書記者を単なる伝承の収集・編纂者としてではなく、独自の神学的視点と目的を持って資料を選択・配列・編集した「著者」であり「神学者」として捉えます。ルカがこの「カエサルへの税金」の伝承をどのように扱い、自身の福音書全体の文脈の中でどのような意味を与えようとしたかを見ていきましょう。
資料の選択と配置:
ルカは、この重要な伝承をマルコによる福音書(12:13-17)や、あるいは他の共通の伝承源から取り入れました。ルカの福音書において、このエピソードはエルサレムにおけるイエスの公生涯の最終段階、受難物語へと続く緊迫した場面に配置されています。ルカ20章は、イエスの権威に対する問い(1-8節)、悪しき農夫のたとえ(9-19節)に続き、この納税問答、そして復活に関するサドカイ人との問答(27-40節)など、イエスの知恵と権威が試され、同時にそれが明らかにされる一連の論争や教えで構成されています。この文脈の中で、納税問答はイエスに対する敵意が頂点に達しつつあることを示すと同時に、イエスの卓越した知恵を際立たせる役割を担っています。
ルカ独自の強調点と編集:
ルカは、受け継いだ伝承に独自の筆致を加えています。
ルカの神学的意図:
2. 初期のキリスト教共同体における受容
イエスの「カエサルのものはカエサルに、そして神のものは神に返しなさい」という言葉は、その簡潔さと深遠さゆえに、後の初期キリスト教共同体において多大な影響を与え、様々な状況で参照されました。
ローマ帝国における市民生活の指針として:
「二つの領域」に関する思想の萌芽として:
この言葉は、後のキリスト教思想史において展開される「二王国論」(神の国と地の国、あるいは教会と国家)や、霊的な権威と世俗的な権威の区別に関する議論の源流の一つと見なすことができます。それは、クリスチャンがこの世に生きる限り、二つの領域に関わりを持つことを認めつつ、究極的な忠誠は神に対して捧げられるべきであるという理解を促しました。「神のもの」が常に優先されるべきであるという含意は、クリスチャンの生き方の根本原理となりました。
殉教の神学における支えとして:
ローマ帝国による迫害の時代には、「神のものは神に」という言葉の持つ意味が一層先鋭化しました。国家権力が神の領域を侵犯し、信仰の放棄や皇帝礼拝を強要する時、クリスチャンは命をかけてでも神への忠誠を守るべきであるという「殉教の神学」を支える言葉となりました。彼らは、カエサルにこの世の命(「カエサルのもの」の一部と見なせるかもしれない肉体)は奪われても、神に属する魂と信仰(「神のもの」)は渡さないという覚悟を持って迫害に立ち向かいました。
多様な状況における解釈と適用:
このイエスの言葉は、その含意の豊かさゆえに、歴史を通じて様々な政治的・社会的状況の中で多様に解釈され、適用されてきました。ある時には国家への服従や社会秩序の維持を強調するために用いられ、またある時には、国家権力が神の義に反する行いを強要する場合の預言者的批判や抵抗の根拠として(「神のものを不当に要求するカエサル」に対して)引用されました。
ルカの読者共同体へのメッセージとして:
ルカがこのエピソードを記した当時、彼の読者共同体(多くは異邦人クリスチャンであったと考えられます)もまた、ローマ帝国内の多文化・多宗教社会の中で、自らの信仰をどのように実践し、周囲の社会とどのように関わっていくかという課題に直面していました。ルカは、イエスのこの言葉を通して、彼らが信仰者としてのアイデンティティを堅く保ちつつ、賢明かつ平和的に社会生活を送るための指針を与えようとしたと考えられます。それは、世俗の権威を不必要に刺激することなく市民的責任を果たしつつも、神への献身と忠誠を決して見失わない、バランスの取れた生き方への招きであったと言えるでしょう。
結論として
編集史的視点から見ると、ルカは「カエサルへの税金」の伝承を巧みに用い、自身の神学的テーマと福音書全体の物語の流れの中に位置づけ、イエスの知恵、権威、そして彼に対する敵意の深刻さを鮮やかに描き出しました。そして、このイエスの言葉は、初期キリスト教共同体にとって、ローマ帝国という具体的な政治的・社会的現実の中で信仰を生きるための極めて重要な実践的指針となり、その後の教会の歴史においても、国家と信仰の関係をめぐる根源的な問いに対する応答として、豊かに解釈され続けてきました。このテキストは、過去の記録であると同時に、時代を超えて信仰者に語りかける生きた言葉としての力を持っているのです。