ルカによる福音書23章32–36節について、**様式史(Formgeschichte)・編集史(Redaktionsgeschichte)・伝承史(Traditionsgeschichte)**の三つの視点を踏まえた解釈を以下に示します。

**🔍 1. **様式史(Formgeschichte)の視点からの解釈

様式史は、イエスの語録や行動の単位(pericope)が初期キリスト教共同体でどのような機能を持って伝承されたかを探る手法です。

✴ 様式分類と機能:

様式類型 内容と機能的役割
23:32–33 **受難物語(Passionsgeschichte)**のナラティヴ 典型的な「十字架への同行」・「処刑」場面で、他の受難物語と並行構造をもつ(マルコ15:27など)
23:34a 言行録(Logion)または祈り文句 初期教会における「殉教者の赦し」の模範句として独立的に伝承された可能性がある
23:35–36 嘲笑の場面(Mockery Episode) メシア的称号に対する逆説的拒絶。皮肉構文による神学的メッセージの強調

✅ ポイント:

**🧩 2. **編集史(Redaktionsgeschichte)の視点からの解釈

編集史は、福音書記者(ここではルカ)が既存の伝承をどのように取捨選択・編集し、神学的意図をもって構成したかを問う方法です。

✴ ルカの編集上の特徴:

特徴 説明 この箇所での例
赦しの神学 神は悔い改める者を赦す(15章の放蕩息子など) 23:34a「父よ、赦してください」はその頂点
無実のイエス ルカは「イエスの無実」を繰り返し強調(例:ピラトや百人隊長の証言) 23:33では“罪人と同列”にされたが、その行動(祈り)は対照的
普遍的救い 異邦人や罪人にも救いが開かれている 兵士や犯罪人が登場し、敵への祈りを受ける文脈に注目
三段階のあざけり構造 支配者 → 民衆 → 兵士と続くあざけり描写(23:35–36)は意図的な編集構造 すべての階層から拒絶されたイエス像を強調

✅ 編集史的に見ると、ルカはマルコの受難物語を土台にしつつ、

祈り・赦し・対話的構造

を通して、より深い神学的含意を織り込んでいる。

**📜 3. **伝承史(Traditionsgeschichte)の視点からの解釈

伝承史は、イエスの語録や行動がどのような段階を経て福音書に定着したか(口頭→書面→編集)を追う視点です。

✴ この箇所に関する伝承の発展:

内容 発展的特徴
歴史的イエス(初期) イエスが敵を赦す祈りを口にした可能性 本当に語られたかは不明だが、初期教団では重要視された(ステパノの殉教など)
口頭伝承段階 迫害下のキリスト者の祈りとして流布 「敵の赦し」は迫害時の信徒の模範語録となる
書面伝承段階(ルカによる構成) 既存の受難物語に挿入 ルカによって受難の中の「赦し」として強調された
初期教会における再解釈 神の選び・贖罪の完成と結びつく ルカは「選ばれた者(ὁ ἐκλεκτός)」という語を挿入(23:35)し、救済史的意味を与える