ルカによる福音書20章1–8節を伝承史（Formgeschichte / Traditionsgeschichte）の視点から解釈するとは、単にルカがこの箇所をどう書いたかではなく、このエピソードがどのようにイエスの言行録の中で伝えられ、発展し、ルカによって編集・再構成されたのかを問うことになります。以下に、その観点から詳しく解釈します。

【1】伝承史とは何か：前提

伝承史的研究では、以下の3層を区別して読みます：

1. イエスの歴史的活動時に実際に起きたこと（史的イエスの層）
2. 初期キリスト教共同体によって伝えられた口承（口伝）段階の姿
3. 福音書記者による編集・神学的再構成（ルカによる文書化）

ルカ20:1–8は、これらが交差する「典型的伝承素材（論争談話・問答）」とされています。

【2】類型としての「権威問答」：伝承の型（Formgeschichte）

この場面は、「権威を問われるイエス」の型（シュリーフォルム：Streitgespräch（論争談話））に分類されます。

• 他にもこの型には：
  • 「納税の是非を問う」（ルカ20:20–26）
  • 「復活を問うサドカイ人」（ルカ20:27–40）
  • 「律法で最も重要な戒め」（マタイ22:34–40 など） があり、議論を通してイエスの知恵・神的洞察が明らかになるように構成されています。

→ 古いユダヤ教のラビ的問答形式が背景にあります。

【3】伝承の中核：「ヨハネの洗礼をめぐる逆質問」

イエスの反問「ヨハネの洗礼は天からか、人からか？」は、

• 原初の伝承段階から独立して存在していた可能性が高い要素と考えられています。
• すでに**Q資料（共通語録資料）または古伝承（pre-Marcan traditions）**の中にあったとも考えられます。

→ この問いによってイエスは、自身の権威を語らずに、神から来た者としての暗示を与え、敵に自己判断を迫る。

【4】初期キリスト教共同体との関係（Traditionsgeschichte）

この伝承が初期共同体で生きていた理由：

• 初期教会は、イエスの神的権威と、ユダヤ教指導者との対立を明確にしておく必要があった。