承知しました。ルカによる福音書20章20-26節――いわゆる「カエサルへの納税問答」――を**伝承史(Traditionsgeschichte)と様式史(Formgeschichte)**の観点から解説します。
1. 伝承史(Traditionsgeschichte)的解釈
伝承史は、イエスの出来事や言葉が口伝・伝播されつつ各地の共同体でどのように継承され、「福音書」の成立過程でどのように編集・脚色・発展したかを問う学問です。
a. 基本伝承の起源
- この問答は**イエスの語録伝承(logia)および問答伝承(controversy stories)**として非常に古い層に属します。
- コインの現物(デナリオン)の提示や、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」というインパクトある語句は、初期の伝承段階から広く流布していたと考えられます。
b. 伝承の設定と拡大
- この逸話は共観福音書(マルコ12:13-17、マタイ22:15-22、ルカ20:20-26)に共通で収録されています。
- 最も古層とされるマルコ文書で「パリサイ人とヘロデ党」が質問者ですが、ルカでは「ἐνκαθέτους(密偵)」と一般化されており、共同体の状況に応じて人物構成や細部が調整されている様子が読み取れます。
- 宗教指導層がイエスを試みに来る構造は、他にも多くの伝承(例:安息日論争、律法問答)と類似のフォーマットです。
c. 伝承の性格・意図
- 初期キリスト教共同体がローマ帝国下での信仰と社会的規範の両立を問われる状況で、この伝承は特に強調され継承されました。
- 逸話本来の意図はイエスが単なる政治的扇動者ではなく、もっと深い普遍的真理を語る教師であることを表現するものです。
- また、問答の機知が「政治的危険」と「神の主権」の双方を際立たせており、状況応答的な民族・宗教的アイデンティティの維持手段として機能しました。
2. 様式史(Formgeschichte)的解釈
様式史は、伝承段階でどのような「型(フォーム)」で物語や語録・教訓が伝えられたか、信仰共同体の場面との関係でそれらの機能や生成過程を明らかにします。